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「ある状態の要介護者にどの介護サービスが効果的か」などのエビデンスを構築—厚労省・科学的介護検討会

介護サービスを利用者が選択する際には、どういったサービス類型が良いのか、どの事業所が良いのかなどを判断する必要がある。その判断の際に活用できる材料(エビデンス)を蓄積(データベース化)し、他の医療情報などとリンクさせることで、「Aという状態の要介護者にBというサービスを週に何回程度提供することが効果的である」といった情報を導くことができるのではないか—。

こういった議論が、厚生労働省の「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」(以下、検討会)で始まりました。本年度(2017年度)中にデータベースの仕様(どういった情報をどのように集積するかなど)を固め、来年度(2018年度)以降、エビデンスの活用方法などを議論していきます。

 

ここがポイント!

1. 利用者の「効果ありと科学的に裏付けられた介護サービス」選択を支援

2. リハ提供によるADL改善など、一定のエビデンスが既にある

3. どのようなデータを、どのような方法で収集・蓄積するかを年度内に固める

4. 科学的介護のエビデンス、「報酬」や「利用者の選択支援」に活用

 

1.利用者の「効果ありと科学的に裏付けられた介護サービス」選択を支援

 例えば新たな医薬品・医療機器については臨床試験・治験を行って安全性・有効性を確認した上で、保険収載が行われます。その際、優れた効能・効果が認められれば補正加算などで高い価格が設定され、さらに「費用対効果」を評価した価格設定方式の導入も始まっています(実際の価格への反映はこれから)。また外科系の学会(外科系学会社会保険委員会連合)では、広範な調査に基づいて手術の難易度を定め、これが診療報酬に反映されています。一方、多数の急性期病院が参加するDPC制度においては、診療内容をデータベース化し、これに基づいた病院の評価(DPC点数の設定、医療機関群の設定、機能評価係数IIの設定など)が行われています。

このように医療の世界では「エビデンスに基づいた価格設定」が行われ、さらに診療ガイドラインの策定なども進められています。しかし、介護分野においては、膨大な個別データこそあるものの、いまだ十分な「エビデンス」構築には至っておらず、「どういう状態の方に、どういったサービスを、どの程度提供すればよいのか」という標準化が行われていません。もちろん高齢者個々人で状態が異なり、一律の基準を設定することは困難ですが、「Aという状態の患者に、Bというサービスを週に何回程度提供すると状態改善が図られる」といったエビデンスがあれば、効果的なケアプラン作成やサービス提供に結びつきます。また個々の介護サービス事業者が「どの程度エビデンスに基づいたサービスを提供しているのか」などが公表されれば、利用者は「この事業所からサービスを受けたい」という希望をケアマネジャーに伝えることができるでしょう。

 塩崎恭久前厚生労働大臣は、今年(2017年)4月の未来投資会議で、こうしたエビデンスに基づいた介護サービスの提供(科学的介護)を実現する考えを打ち出しています。「自立支援などの効果がある」と裏付けられた介護サービスを国民に提示する(情報公開し、利用者が選択できるようにする)ことが狙いで、「効果あり」と判断するために必要なデータを収集し、データベース化する「効果あり」と判断されたサービスに、2018年度介護報酬改定以降、インセティブを付与していく—という2つの柱が立てられています。

後者については社会保障審議会・介護給付費分科会で議論され、検討会では前者の「データ収集」「データベースの構築」をテーマに議論を行っていきます。具体的には、(1)既存の研究などから「自立支援などの効果」に関するエビデンスとしてどのようなものがあるのかを整理する(2)どのようなデータベースを構築すればよいのかを検討し、まとめる(3)データベースを解析して得られたエビデンスをどのように活用するのかを検討する—という3つの点を議論していきます。

2.リハ提供によるADL改善など、一定のエビデンスが既にある

 10月12日に開催された第1回検討会では、(1)の「既存エビデンス」を整理するとともに、(2)(3)についても「科学的介護の実現」に向けた視点で自由討議を行いました。

 個々の介護サービス事業所や研究者レベルでは、さまざまなデータがあると予想されますが、厚労省は次のような研究結果を確認し、紹介しています。

・特別養護老人ホーム入所者について、「独自の方法論に基づくリハビリを提供した場合」と「しない場合」とで関節可動域の変化を比較すると、リハビリ提供者のうち、要介護4の右肩関節、要介護3の右膝関節—などで優れた改善があった

・通所リハビリ利用者に「標準化された生活行為向上マネジメント」を実施すると、ADL、IADL、QOLが改善した

・理学療法士などを配置している通所介護事業所と、配置していない通所介護事業所とで、利用者の歩行速度(ADL障害発生の予測因子となる)を比較すると、後者(PTなど配置なし)では12か月後に歩行速度が低下したが、前者(PTなど配置)では低下はなかった

・ゲームを組み合わせた機能訓練プログラムを実施した通所介護事業所では、通常のサービス提供を行った通所介護事業所に比べて、利用者の、肩関節可動域、足関節可動域、認知機能—が大きく改善した

また海老原覚構成員(東邦大学医療センター大森病院リハビリ科教授)から「看護師が入院患者の嚥下機能を評価し、適切な介入を行うことで誤嚥の発生が3分の1に低下する(頻繁に誤嚥してしまう高齢者であっても)」、松田晋也構成員(産業医科大学公衆衛生学教室教授)から「利用者の希望を適切に反映させたケアプランを作成し、サービス提供を行うことが、要介護度の重度化予防に有効である」といった研究結果も紹介されています。

厚労省老健局老人保健課の鈴木健彦課長はこうしたエビデンスについて、「2018年度の次期介護報酬改定で、必要に応じて反映させていきたい」との見解を示しています。具体的に、どういった点が反映されるかなどは、今後の介護給付費分科会の議論を待つ必要があります。

3.どのようなデータを、どのような方法で収集・蓄積するかを年度内に固める

 (2)のデータベース構築と(3)のエビデンス活用については、これから議論が行われます(次回会合で総論的な議論を行う)が、10月12日の第1回会合でもさまざまな意見が出されました。その中で浮彫になったのは、医療提供者(主に医師)と介護提供者とで、考え方に大きな開きがあるという点です。

 例えば医師である秋下雅弘構成員(東京大学医学部附属病院老年病科教授)や鈴木裕介構成員(名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学老年科学教室准教授)らは、データベース構築に向けた具体的な提案(要介護高齢者が増えている急性期病院も対象にしてはどうか、要介護認定・更新時のデータを活用してはどうか、など)を積極的に行う一方で、介護提供サイドに立っていると言える八木裕子構成員(東洋大学ライフデザイン学部生活支援学科准教授)や伊藤健次構成員(山梨県立大学人間福祉学部福祉コミュニティ学科准教授)らは「利用者の笑顔」など、客観的に測定できない部分があることを重視し、要介護度やADLなど一定程度客観的に測定・数値化可能なデータで「介護サービスの質」を評価されてしまうのではないか、といった懸念を示しています。

 冒頭述べたように医療においては「エビデンスに基づく評価」が先行していますが、20年ほど前に我が国でEBM(Evidence based Medicine)の考え方が飛来した折には、多くの医師から「標準治療以外を否定するのか」などの批判が寄せられました。しかし関係者が時間をかけて誤解を解き、EBMが実際に「医療の質」向上に効果的であることが浸透していく中で批判の声は聴かれなくなっています。

 介護分野では、確かに測定困難な項目(上記の「患者の笑顔」など)もありますが、まず客観的に測定可能な項目からデータを収集し、エビデンスを構築することで、近い将来「科学的介護」に対する批判は消失していくのではないでしょうか。

厚労省は、自立支援において特に重要となる項目の例として、栄養・リハビリ・アセスメント(主とケアマネジャーによる)・ケアマネジメント・認知症—をあげており、具体的にどういったデータを収集するかを今後検討会で議論していくことになります。厚労省の葛西重雄顧問は「家族の負担軽減」も重要項目の一つに掲げています。新たに詳細なデータ提出を義務付けることは介護現場に大きな負担となることから、データ収集方法にどういった工夫を行うか(既存データの活用も含めて)も議論されることになります

(図の『新たに取得していくデータ』の項目などを具体的に詰めていくイメージ)。

塩崎前厚労省が未来投資会議(2017年4月17日)に提示した「科学的介護の実現」に関する資料。検討会では当面、朱色の太い点線で囲った「新たに取得してくデータ」を詰めていくことになる

この点について鳥羽研二座長(国立長寿医療研究センター理事長)は、「例えばADLを測定する『物差し』としてBI(Barthel Index)やFIM((functional Independence Measure)などがある。こういった『物差し』を統一すべきといった議論には与しない」と強調。仮にAサービスではBIを用いて改善度合いを評価し、BサービスではFIMを用いて評価している場合に、「これからはAサービスでもFIMを用いて評価を行い、そのデータを提出する」といったルールは設けないと考えです。もっとも両者を同じ土俵で比較するためには、一定の互換性などが必要となり、そうした点も検討会で議論される見込みです。

検討会ではこうした点を詰め、今年度(2017年度)中に「データベースの仕様」を固める考えです。

4.科学的介護のエビデンス、「報酬」や「利用者の選択支援」に活用

 また来年度(2018年度)からは、(3)のエビデンス活用に向けた議論が行われます。膨大なデータを解析し、「A状態の要介護者には、Bサービスを週に何回程度提供すると状態が改善する」といったエビデンスが得られたとして、これをどう活用するかというテーマです。

 厚労省は、まず「サービス選択の支援」に活用することを考えています。利用者あるいはケアマネジャーがサービスを選択する場合、どのサービス類型を選択するか(施設か在宅か、訪問か通所か、看護かリハビリかなど)どの事業所を選択するか、週に何回程度の利用とするか、具体的なサービス内容をどれにするか(看護師の訪問看護か、PTの訪問看護かなど)といった段階があり、各段階に応じたエビデンスを公表することで、利用者の適切な選択をサポートできます。

医療では「この遺伝子に変異があるがん患者では、この抗がん剤が効果的である」といったエビデンスが構築されてきており、いわば「介護版」となるエビデンスの収集に期待が集まります。

また、科学的介護の実施状況を介護報酬に反映させることも考えられます。

保険サービスへの導入、加算の創設、単位数の設定—などさまざまな反映方法が考えられ、介護給付費分科会などで適宜議論されることになります。

さらに、医療データ(NDBやDPCデータ、NCDなどの学会データ)とも関連付けることで、医療・介護連携を促進することも期待されます。例えば「20代にXという健診項目に問題のある人は、40代にはY疾病に罹患する確率が高く、70代で他者よいも要介護状態が重くなる」などといったエビデンスが判明すれば、20代からの生活習慣改善で、50年後の要介護状態を軽減できることになります

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