育て!ニッポンの医療ベンチャー、欧米との大きな差を追う
官主導で振興、直面する人材不足
10対334―。厚労省がまとめた報告書では、2009年に公表された資料を引き合いに、主要製薬企業における創薬ベンチャー由来の開発品目数で、日本は米国に大きな差をつけられていると指摘した。 米国のメガファーマでは、自社で一からバイオ医薬品を開発する例は少ない。ベンチャーが開発した候補物質が一定の水準に達すると、それを取り込む。米国で承認される新薬の約半分が、医療ベンチャー由来とされるほどだ。 医療機器も同様で、欧米大手メーカーの製品も、元をたどれば新興企業が開発した技術が多い。こうした効率的な分業体制が、医薬品と医療機器の分野で高い競争力を持つ米国企業を育て上げた。 日本政府は成長戦略で、医療系産業の育成を掲げる。厚労省は4月にベンチャー等支援戦略室を設置、医薬品や医療機器の臨床開発や薬事承認など、開発プロセス全般の相談に応じている。 ただ、政府の意気込みと現実には乖離(かいり)がある。医療機器インキュベーションファンドを運営するメドベンチャーパートナーズ(東京都千代田区)の大下創社長は「日本では医療系ベンチャーの投資先がほとんどなく、成功事例も乏しい」と指摘する。 同社の投資先で脳梗塞治療機器を開発するバイオメディカルソリューションズ(同中央区)は2月、大塚ホールディングス傘下のJIMRO(群馬県高崎市)に買収された。ただこうした事例はまだ多くない。「大手が欲しいと思う製品を持つ会社に対し、我々が投資をしないといけない」と大下社長は語る。 東京都は10月に「医療機器開発イノベーション人材育成プログラム」を始めた。大学と医療現場、企業が密接に関わる米スタンフォード大学の医療機器開発手法「バイオデザイン」を参考にしたプログラムを展開する。 プログラムは、テルモの会長を務めた中尾浩治ジャパンバイオデザイン協会理事が監修する。医療機器産業に参入したばかりや、参入を検討する中小企業などが対象。フィールドワークをしながら医療ニーズを探索し、事業企画を立案していく。
大手と連携進む
「将来、売上高4兆円を目指す会社としたい」―。東京大学発の創薬ベンチャー(VB)のペプチドリーム創業者で、特殊ペプチド原薬の製造販売会社であるペプチスター(大阪府摂津市)の窪田規一社長は意欲的だ。医療VBが大手と組んで事業化を目指す動きが日本でも出始めている。 ペプチスターはペプチドリーム、塩野義製薬、積水化学工業が共同で9月に設立した。今後、工場を摂津市の塩野義製薬の工場内に建設し、ペプチド原薬を製造する。 抗体医薬品は抗がん剤などが主流で、これまで創薬ベンチャーなどが充実する海外勢が存在感を発揮してきた。窪田社長は「日本の医薬品が大幅な輸入超過に陥っている一因」と指摘する。 抗体医薬品は高分子医薬品で高度な製造技術が求められ、コストも高い。一方、ペプチドを医薬品として活用するペプチド医薬品はコストが安い「低分子医薬品」と、抗体医薬品の中間となる「中分子医薬品」。抗体医薬品よりも製造コストが下がる。日本で研究が進んでいる技術だ。 ペプチド原薬を大量に製造できれば競争力のある製造受託機関(CMO)になれる。窪田社長は「特殊ペプチド分野は、抗体医薬品に次ぐ医薬品候補物質になる」と言い切る。 ペプチスターはペプチド技術が海外に流出しないよう、参加予定の企業を含めて“オールジャパン”体制で事業を進める。出資する積水化学工業は、生産性の高いペプチド合成技術により、従来方法より安価で高純度、高品質なペプチド合成法の確立を目指す。 大手企業と提携すれば資金面や信用面でスムーズな事業展開が見込める。ただ、自力でビジネスを切り開く力を備えることも必要だ。 眼疾患領域の医薬品開発を手がける窪田製薬ホールディングスは昨年、期待されていた治療薬候補の臨床試験が不調に終わった。共同研究先の大塚製薬との提携にピリオドが打たれたため、17年12月期の売上高はゼロの見通しだ。現在は協力相手を探しながら、開発費が10億円前後とこれまでより少なく市場成長も期待できるテーマに優先的に取り組む。 大手企業にとって「一度、失敗した開発品に取り組むにはハードルがある」(窪田良会長兼社長兼最高経営責任者)。同社は自社単独の開発を進めながらウエアラブルの医療機器デバイスの研究など、新分野に挑む。「イノベーションを生むには、これまでの常識を全く外して考えることも大事」と窪田良会長は前を見据える。 日本製薬工業協会によると、薬の候補として研究を始めた化合物が新薬として世に出る成功確率は約3万分の1という。VBにとって、開発パートナーを獲得できるかどうかは死活問題だ。大手企業の関心を引きつけながら、イノベーションの中心となれるか。それぞれの挑戦は続く。
医工連携
医療ベンチャー(VB)の育成に向け、医療現場のニーズと企業の技術をマッチングする動きが広がっている。その『聖地』ともいわれるのが、医療機器の企業が集積する東京都文京区の本郷エリアだ。 本郷エリアの歴史は明治時代にさかのぼる。東京大学医学部の前身である東京医学校の本郷移転で、医科器械関係の店が集まるようになり、次第に企業数が増えていった。医工連携組織「日本医工ものづくりコモンズ」(東京都千代田区)の柏野聡彦専務理事によると、本郷周辺には医療機器関連企業が400社以上ある。 2013年から、企業の技術展示会「本郷展示会」が毎月のように開かれている。医療分野に参入したい全国のモノづくり企業と、本郷エリアの医療機器の製造販売会社がビジネスの種を求めて議論を交わす。 モノづくり企業は、医療分野への参入障壁である「医師との関係構築や臨床ニーズの有無」(柏野専務理事)を、医療機器の製販会社と連携して克服する。医療機器の製販会社にとっても「得意分野を持ち寄り、それぞれの役割を決めて取り組む方が効率的」(フジタ医科器械の前多宏信社長)だ。 人に処置しているようなリアルさを追求した医療用シミュレーターロボット「mikoto」を手がけるMICOTOテクノロジー(鳥取県米子市)の檜山康明社長は「ベンチャーはアイデアを出し、開発するのは得意だ」とエリアにある企業との連携に意欲的だ。 コーディネート役を務める日本医工研究所(東京都文京区)の寺尾章社長は「1回の面談ですぐにマッチングすることは難しい。根気よく取り組んでほしい」と呼びかけている。 支援する行政側も「ここ数年で医療系の専門部署を立ち上げる企業も出てきた」(宮崎県北部医療関連産業振興等協議会の杉本賢治郎氏)と手応えを感じている。 エヌ・エス・エイ研究所(山口県宇部市)は山口県の支援を受け、リハビリテーション施設における体力検査「6分間歩行試験」(6MWT)のシステム開発に取り組む。 同県の仲介を受け、本郷展示会でフジタ医科器械とマッチングしたことが開発のきっかけだ。フジタ医科器械が医療市場の分析や販売を、システムフレンド(広島市佐伯区)がオプションの測定システムを担当する。 行政や支援機関などによるマッチングの場は充実してきた。今後は医工連携の好循環をいかに確立できるかが問われそうだ。
PMDAの近藤達也理事長に聞く
日本で医療系ベンチャーの成功事例が少ない背景として、人材育成やメンターがほとんどいないことがある。戦略を描けなければ「テクノロジーで勝っても、ビジネスで負けてしまう」と、中尾理事は指摘する。産業振興には人材のすそ野拡大が必要だ。 日本の医療ベンチャービジネス(VB)の育成にあたっては、安全性や有効性を確保しつつ、製品化に向けたスピーディーな支援も不可欠だ。医薬品・医療機器などの承認審査機関である医薬品医療機器総合機構(PMDA)の近藤達也理事長に見解を聞いた。 ―日本の医療系産業について、どのように感じますか。 「医療機器の場合、これまでは、リスクを恐れ、部品供給に及び腰になるメーカーがあったり、医師側にとっても、欧米メーカー製の機器をそろえることをステータスとして感じる部分があったりした。そうした考えを払拭(ふっしょく)していくことが大事になる」 ―自身でも定位的放射線治療装置の開発に取り組みました。日本のモノづくりで重要なことは。 「日本からモノを積極的に作っていくべきだと考えていた。開発している技術に将来性があるかを判断する目利きの能力が大切だと感じた」 ―PMDAでは、最新の科学の知見を踏まえて規制をするレギュラトリーサイエンスを重視しています。 「日本は発明や発見が多いが、人々や社会に、どれほどの影響をもたらすかを考察する『評価科学』はまだまだ。これをもっと強化していく必要がある。可能性があると判断されたものに対しては、いかに社会に出していくかを意識しつつ、適正な規制を考えていくことが重要になる」 ―海外展開については。 「国内の医療機器メーカーは中小企業が多くを占める。ただ、国内市場だけではマーケットとして見ても台数は限られてしまう。各社がそれぞれ海外へ販売しても、限界がある。欧米では中小企業が開発した医療機器であっても、大手メーカーのブランドとして販売しているケースが多い。日本の製品はモノが良いだけに、販売方法をどうするかも今後の課題だろう」
PMDAの近藤達也理事長